未来の価値

第 23 話


『スザク君、お疲れ様』

ランスロットの起動実験がひと段落し、スザクは笑顔で返事をするとすぐにランスロットを降りた。コックピット内は蒸し暑く額から汗が流れ落ちるほどで、やっと外に出られたとスザクは安堵の息を吐いた。涼しい外の空気に生き返った気分だった。普段はコックピット内の空調がバッチリきいているのだが、今日はランスロットの耐久テスト中で、コックピット内は蒸し風呂状態だったのだ。こんな暑さでは、中に備えている水程度では到底足りない。脱水症状で死んでしまうから、その辺改善してもらわなければ。
汗を拭くために用意していたタオルを取りに、ロイドたちの方へ向かうと本来ここには居ないはずの人物がそこにいた。

「ルルーシュ?」
「お疲れ、スザク」

にっこり笑顔で言うルルーシュは、いつもの皇族服では無く、私服だった。
辺りを見回すが、いつも護衛についている純血派が一人も見えない。
・・・まさか、いやでも・・・いやルルーシュだからこそ、あり得る。
嫌な予感から思わず額から冷や汗が流れ、それを見たルルーシュは「実践でないとはいえ、大変だな」と、苦笑しながら手にしていたタオルでスザクの汗をぬぐった。

「しかしすごい汗だな、風邪を引いてしまうぞ」

そう言いながらタオルを広げると、ワシャワシャといささか乱暴に髪を拭き始めた。

「え?うわっ、ちょ、ルルーシュ自分でやるからっ」

君皇族なのに、一般兵に対して何してるの!?
慌ててルルーシュから距離を取り、頭に残ったタオルで汗を拭う。
いくら親しいとはいえ、普通やらないだろう突然の行動に一瞬スザクの思考は停止してしまったが、そんな事よりも問いただすべき事があると、頬が熱を持った事は無視し、ルルーシュを問い詰めにかかった。

「ルルーシュ、ジェレミア卿たちは?」
「今日は俺一人だ」

しれっとした顔でルルーシュは答えたが、スザクはあからさまにがくりと肩を落とした。 予感的中。
この皇子様は政庁を抜け出してお忍びでここに来たのだ。
暗殺を気にしているくせに、時折こうして不用心な行動をとるのがルルーシュなのだ。

「ルルーシュ、僕、駄目だって言ったよね?絶対に一人で出歩かないでって、僕、言ったよね?」
「いいじゃないかたまには。四六時中監視の目がある中にいるなんて息が詰まるし、彼らは兄さんの部下で俺の部下ではない。あまり連れまわすのも問題なんだ」

そうは言うが、純血派、特にジェレミアはすでにクロヴィスよりもルルーシュに仕えていると言っていいほどの忠誠を見せており、クロヴィスもルルーシュの親衛隊を作る時にはジェレミアをと考えているほどだ。
それにしても、抜け出しておきながら平然とした顔をしているなんて、執務室、あるいは私室に籠もっている事すれば、居なくてもバレないと思っているのだろう。ルルーシュはたまにものすごく間抜けなドジをする。計算に計算を重ね完璧な計画を遂行するのだが、自身に関する認識が甘く、それが計算を狂わせるのだ。ルルーシュは1時間や2時間姿を消しても誰も心配しないと思っているだろうが、きっと今頃ジェレミア達が異変を察し、血眼になってルルーシュを探しているに違いない。
この考えに間違いはないだろうと、スザクは先日ようやく所持許可の出た携帯電話を取り出すと素早く回線を開いた。

「おい、スザク」

不愉快そうな低い声を発したルルーシュの腕をつかみ、逃げることも封じる。
口元をへの字に結び、不愉快そうな顔で睨んでくるが、これは仕方のない事だ。
即座に諦めたルルーシュは、スザクの首元に撒かれていたタオルを使い「風邪を引くと言っただろうに」とブツブツ文句を言いながら再び汗を拭い始めた。両手が塞がってしまったため、諦めてされるがままになっている間に電話が繋がった。

「ジェレミア卿、枢木です。はい、え?ああ、やっぱり・・・」

予想通りジェレミアだけでは無くクロヴィスもルルーシュが誘拐でもされたのではと政庁内を捜索させている所だった。
何してるんだよ君は。
もう少し、自分に向けられる好意を理解してよ。
そう思いながら叱りつけるようにじろりと睨みつけると、ルルーシュも流石に気付いたらしく、ばつの悪そうな顔で顔をそむけた。

「はい、ご無事です。いえ・・・ええ、今日は自分も一緒に。はい、わかりました」

通信を終え電話を切るが、ルルーシュはつんと顔をそむけたままこちらを見ようとはしない。にこにこと機嫌良く僕を待っていたのに、僕が話しも聞かずに速攻でジェレミアに連絡を入れたのが気に入らずにへそを曲げてしまったのだろう。

「どうしたのさルルーシュ。僕に何か急用でもあったの?」
「何でもない」

つーんと不愉快気な声で返される。
お前に話す事など無い。
そう態度で示していた。
しまった。
ルルーシュのイライラスイッチがONになっている。
用件を聞いてから連絡をするべきだったと、スザクは眉尻を下げたが、戻った時の被害を最小限にするためには、早めの連絡が必要だったのだ。実際に誘拐騒ぎになっていたのだがから、この判断は正しい。電話の向こうの声が漏れ聞こえていたはずだから、ルルーシュだってそれは解っている。
だが、スザクが要件よりも先に連絡を取った事が気に入らないのだろう。

「夜には会えるのにわざわざ来たんだから、なにかあったんでしょ?」

教えてよ。と、眉尻を下げ、若干上目づかいで見つめると、ルルーシュは一瞬言葉を詰まらせた後、視線をさまよわせた。
彼が僕のこの目に弱い事も、子供の頃から変わっていない。
よほどの事がない限りこれで、落ちるはずだ。
だから辛抱強くルルーシュが口を開くのを待つことにする。
他の日ならともかく、今日はあと2時間もすればスザクはルルーシュのもとに行くことになっていた。ルルーシュが幻覚を見るほど疲労した日から、スザクはクロヴィスの命令という名の頼みで、時折ルルーシュの私室で寝起きを共にしているのだ。
スザクの職場から近い事もあり、通う事自体には何も問題はなかったし、机にかじりついているルルーシュから仕事を取りあげれるのはスザクだけで、夜一緒に寝ることで暗殺を警戒することなく熟睡もできるようになり、ルルーシュの体調がみるみる回復したため、クロヴィス達は大喜びだった。
イレブンは野蛮だと言われていたが、政庁で働く者たちは頻繁に顔を出すスザクの好青年ぶりを目の当たりにし、イレブンへの心証を良くしていった。その結果、クロヴィスは「スザクの国の人間を虐げるな!」とイレブンも住みやすい国にしようと考えを改め、政策を大幅に変更するにいたった。
それがルルーシュの受け持つゲットー復興計画にも大きな影響を与え、仕事量も激減した事にルルーシュは気づいているが、スザクは一切気づいていなかった。
早い話が、スザクが政庁で過ごせば過ごすほど、ルルーシュの体調と機嫌はよくなるし、仕事は減るし、イレブンに対する風当たりも良くなるのだ。
だから、クロヴィス、ルルーシュ双方から毎日ここから通うようにとまで言われているが、ルルーシュと一緒のベッドに寝て、抱き枕にされるのは色々と思う所があり、10代の健全な青少年として正しい様な間違っているような複雑な思いは、僕たち友達だよね。しかも男友達だよね。と、言い聞かせてどうにか気合で気付かなかった事にしているが、それでもやっぱり毎日だと色々と辛いので、どうにか交渉の末、週末の金土日だけルルーシュの部屋へ帰る生活を続けていた。
そして今日は金曜日。だから夜になれば会えるのに、電話を使う事も無くルルーシュ自らここまでやってきたのだ。何かあるはずなのに、へそを曲げたルルーシュはなかなか口を開いてくれなかった。
ならばと、スザクはにっこりと笑顔で話しかけた。

「ルルーシュ、ジェレミア卿は僕と一緒なら安心だと言ってくれたから、迎えには来ないよ?どうしたの?買い物でもしたいの?」

皇族であるルルーシュはもう街で自由に買い物など出来ない。
だからお忍びで出かけたいのではないかと思って尋ねたのだが、ルルーシュは首を横に振って否定した。

「いや、買うものはないんだ。気分転換に散歩をしたかっただけで・・・」
「嘘。そんな理由で君が一人で出歩くはず無いだろ」
「断言するな」
「断言するよ。なんなの?僕には話せない事?」

ナナリーの所に行くとしたら、前のように夜中抜け出す方法をとるだろう。
となると、何も思いつかない。
先ほどよりも眉尻を下げ、困ったような表情でルルーシュの顔を覗きこんでいると、ようやくルルーシュは諦めたように息を吐いた。
イライラスイッチは無事OFFになったようだ。

「お前にと言うか・・・ロイドに用があったんだ」

そう言うと、ルルーシュはスッと視線をロイドへ向けた。
ランスロットのデータを抜き出し、嬉々としてその情報を見ているロイドは、いつも以上に上機嫌で、ルルーシュが視察に来たあの日を思い起こさせた。あの様子だと、思う存分ルルーシュとランスロットの事を語り合ったに違いない。
確かに遊びに来てとロイドは言っていたが、そのためにわざわざ?と、スザクは小首を傾げた。

「・・・別にランスロットの事で来たわけじゃない。それはついでだ。ロイドに、お前の通学許可をもらいに来たんだ。ロイドはお前の直属の上司だからな」

手土産にシュナイゼルから開発費もふんだくって来たから、ロイドは二つ返事で許可をくれたぞ。
見るとテーブルの上には書類を収めている重そうなケースがあり、それに視線を向けながら、自信に満ちた笑顔でそう言った。口頭で得た許可など意味がない。ロイドは何枚もの書類にサインをしながら、ルルーシュとの会話を楽しんだに違いない。
・・・ん?通学許可?

「え?シュナイゼル殿下の許可が出たの?」

散々渋っていたのに!?

「・・・ああ、ようやくな」

苦虫をかみつぶしたような表情で呻く姿に、難題を押し付けられたんだと理解した。以前通信機越しの兄弟の会話を聞いた事があるが、シュナイゼルはルルーシュの能力を高く評価しており、エリア11では無く自分の元で宰相補佐になるよう何度も言ってきていた。だが、ルルーシュはそれを断り続けている。ルルーシュが宰相補佐になるならスザクを自由にしていい、寧ろ特派をルルーシュの直属にしていいとまで言ってきたのだが、エリア11に残るためそれも断った時には、傍に控えていたスザクに、シュナイゼルは敵意をこめた冷たい視線を向けてきた。
ルルーシュがエリア11にこだわる理由の一つがスザクだと知っているからだ。
スザクの故郷を少しでもいい国にしたい。
そのためには本国に戻り宰相補佐になるわけにはいかない。
それだけでもシュナイゼルの中でのスザクの好感度は低かったのだが、スザクのためにルルーシュが動いている事も気に入らないらしく、なかなかスザクの入学許可を出さなかったのだ。
誰だ、あの宰相は無欲で、穏やかで、物事に執着する事がないと言ったのは。離れている部下の事だからさっさと許可を出すと思ったのに、計算外にもほどがある。
噂とは当てにならない物だとルルーシュは痛感していた。
だが、シュナイゼルの反応にクロヴィスが口をぽかんとあけるほど驚いていた所を見ると、もしかしたらルルーシュ限定のブラコンである可能性があるとスザクは考えていた。
・・・もしかしたら、ブリタニア皇族はシスコンとブラコンがデフォルトかと思ったが、クロヴィスとシュナイゼルの仲はあまり良さそうには見えなかった。天才と言われるシュナイゼルだから、同じく天才で、特に政治面・軍事面に才能のあるルルーシュが可愛いいのかもしれない。

「少々面倒な案件をいくつか受け持つことになったが、どうにかなるだろう。後は細かな手続きと、お前に関する軍部内の書類関係で終わりだ。・・・そうだな、再来週の月曜からは通えるようになる」

学校に通える。
ナナリーに会える。
それは嬉しい事なのだが。

「ルルーシュ、無理は駄目だよ」

ナナリーの話を聞きたい気持ちは解るけど。
シュナイゼルに出された案件にいい予感はしない。

「だが、発表は再来週の木曜だ。それまでにお前を学園に入れたかったんだ」

それは、公の場でルルーシュの生存を伝えるという、皇帝との謁見の日。

「・・・正式な日程が決まったんだ」
「ああ。その時俺は一度本国へ戻る。クロヴィス兄さんも一緒だ」
「解った。じゃあ僕は出来るだけナナリーの傍にいれるようにするよ」

ロイドたちも事情を知っている上に総督が不在となるなら、ランスロットを動かすような事はないだろう。ならば、発表から暫くの間はナナリーの傍にいても大丈夫なはずだ。 寧ろクロヴィスとルルーシュがそのあたりは手を回し終えているだろう。
月曜に入学し、木曜に発表。
ルルーシュが無理して手続きをして、ぎりぎりだったのか。

「頼む、スザク」

そこまでしたルルーシュの頼み。
返事など決まっている。

「うん、まかせて」

明るく返事をしたスザクに、ルルーシュは安堵の笑みを浮かべた。
ルルーシュはシュナイゼルとの取引で任された案件の1つを処理するため、土曜の早朝から政庁を離れキョウト疎開へ向かう事となった。
スザクはここ最近の土日はルルーシュの護衛のため政庁にいたが、流石にキョウトまでついて行く事は出来なかったため「暇になったんなら、ランスロットの新しい装備のデータを取っちゃおうか」と楽しげに話すロイドとセシルと共に朝からランスロットのデータ取りを行っていた。


その日、スザクの入学のために短くはない時間を掛け根回しをし、大量の書類にサインをし、シュナイゼルと軍に対して正式な手続きを踏んだ事は、全て無駄になった。

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